「いらっしゃいませ〜」 ド派手な電飾きらめくドアを開けると一斉に女の子が黄色い声を上げた。熱烈歓迎アリガトウなのだけど露出度の高い女の子の集団に背中を嫌な汗が伝う。 (ダメだ…) 「どうだ? ルカちゃんはいるか?」 後ずさろうとする身体を全身で止めて朝彦さんが耳もとで囁くのに俺は首を振る。集団を直視することを目が拒否してるのに、所在を確かめるなんてとてもじゃないけど無理だ。 縋るような視線に「仕方ねぇなぁ…」と呟いた朝彦さんは俺と身体を入れ換えて、 「ハイ。いらっしゃいましたよ〜。早速だけどルカちゃんってどの娘かな?」 メチャクチャ明るい声で話し掛ける。派手なアロハシャツとパナマ帽に真ん丸いサングラス。どこからみてもチンピラにしか見えない出で立ちの彼とその背後でビクついている俺をうさん臭そうに眺めて女の子達は互いに顔を見合わせヒソヒソと囁きあう。 すぐに一人の女の子が出てきた。 「生憎だけどルカは塞がってるの。私達じゃダメ?」 大きく胸の開いたキャミソールの真っ赤なミニのワンピースに濃いめのメイク。趣味の悪さ丸出しで胸を張って媚びを売るように後ろに控えた女の子達が視線を向けてくる。きっと一番可愛く見える仕草なんだろうな。でも俺にはマウスのメスの方が可愛いくみえる。だってマウスは媚びを売らないし、自分を主張しないし、押し付けがましくもない。 「うん君たちも中々イケてるとは思うよ。でも俺達はルカちゃんに用があるんだよねぇ」 彼女達の視線を軽くいなして朝彦さんがハッキリと言い、「これが証拠」とばかりに名刺をちらつかせる。 「ねっ、早くしないとせっかくのお客さん帰っちゃうよ〜」 ふざけた口調で朝彦さんが背後を指差すと、キャッチに捕まった間抜けなサラリーマンが二、三人続いていた。 「モタモタしてると彼等気付いて、逃げてくかもね〜」 からかう朝彦さんは心底に楽しそうだ。 客を逃がしてはマズイと思ったのか一人が慌てて奥に引っ込み、すぐに見覚えのある顔を伴って戻ってきた。 「彼女です」耳もとで囁くと、朝彦さんは「ヒュー〜」と音を立てずに口笛を吹く。 「中々、見る目あるねお前。結構、上玉だ。まっ女装の俺には負けるけど…」 持ち上げて落とす——は朝彦さんがお客相手に良く使う手だ。なにも俺に使わなくても素直に誉めてくれればいいのに。彼女が上玉なら似ている“ユウキ”もイケテるってことで単純に嬉しい。女装の朝彦さんの綺麗さは認めるけど、彼女は女装している訳じゃないから比較はできない。それに二人ともタイプが違う。 「私に何か?」 挑戦的に朝彦さんを見つめる瞳と勝ち気な物の言い方は、あの時のままだ。 他の娘と違って露出度の低い黒のハイネックにラインの綺麗な同色のストレートのパンツは色白の肌に良くあってスタイルの良さを見せつけてくれる。女性らしい肉体を前面に押し出すよりもよりセクシーに見えるのは俺の欲目だけじゃないハズだ。隠れている部分が多い方が色々と想像力をかき立てられるって言うのは男も女も同じなのだ。 「仕事の邪魔してゴメンね。どうしても君に会わなきゃって言うもんだからさ…彼が!」 言いながら朝彦さんはスルリと身体を入れ替え、俺を前に押し出した。 「えっ! ちょっ…朝彦さんっ?!」 慌てて振り返ってた俺の目に写ったのは並んでいたサラリーマン達をすり抜けていく後ろ姿だった。近くのコンビニで待っているママ達と合流し俺が出てくるのを待つのだ。 ここへくる道すがら聞かされた話では『シャンティ』は以前ママを裏切った女性がオーナーをつとめる店らしい。彼女が店を辞めた時、顧客を根こそぎ持っていかれたらしく暫くは立ち直れなかったとママは鼻息も荒くまくしたてた。鹿島さんが止めなきゃそのまま店に怒鳴り込みそうな勢いだった。ママを宥め「なにか理由があるんじゃないの? 聞いてみようよ。その為に足を運んでるんだからさ」と持ちかけたのは言い出しっぺの朝彦さんだった。そこで俺がなんとかしてルカを外へ連れ出し、皆で話を聞くって段取りになっていたのだ。 仕方なく彼女の方に向き直る。最初に目に飛び込んだのは手首から肘までを覆っている白い包帯だった。 「ゴメン」 いきなり頭を下げた俺を不思議そうに見つめてくる瞳はやっぱり“ユウキ”に似てる。だからちょっと落ち着かない。 (この目が曲者なんだ。目は見るな、目は!) 言いきかせて視線を彼女の腕に向け、包帯を指す。 「ああコレ? やっぱ大袈裟だよね…ちょっと失礼」 彼女は俺を押し退けると後ろに並んでいたサラリーマン達に「お待たせしてゴメンなさ〜い」とさわやかに声をかけ店内へ招き入れる。ルカが目配せすると控えていた女の子達が押し寄せ、あっという間にサラリーマン達はピンクな雰囲気に包まれて奥へと連行された。そうまさに連行って感じ。その生け贄を見送った彼女は近くにいたマネージャらしき黒服に素早く耳打ちすると、俺の手を引っ張って店の外へ出た。 連れていかれたのは店の入ったビルから死角になる隣のビルの裏口だった。 「…本当に来るなんてね」 開口一番呆れたような口調で彼女は言った。 「だって君が来いって言ったんじゃないか」 「そりゃそうだけど…なんでバカ正直に店にくるかな? 無視するのがフツーじゃん」 「いや…まあそうかもだけど、洋服のことも気になったし。ケガのことだって…」 しどろもどろに答えると、ルカは「だからそれはもうイイって…」と小さく頭を振る。 「じゃあ成績がヤバいとか?」ポソリとつぶやくと「はぁ?」と、斜め下から睨まれた。 「いやっ…あの。さっきの彼が、成績向上のために身を犠牲にしたんじゃないかって…」 「ジョ〜ダンでしょ」とルカは一蹴した。 「どうして私が身体をはってまで客引きしなきゃいけないの?」 「さあ…俺には解らないけど。でもこの業界もかなり厳しいって話も聞くし」 俺の周りにもキャバクラでバイトする女の子は多い。 『男性と楽しくお酒を飲みながら会話するだけで高収入が得られる』って誘い文句につられるようだけど実際は成績重視。指名がなくヘルプだけだと収入もそれなりで成績が悪ければ良くてクビ、悪ければ系列の身体を売る店に飛ばされるって話。俺に言わせれば楽して金儲けしようっていうのが間違ってると思う。世の中そんなに甘くはない。 「ご心配どうもありがとう。でも私の場合、自分から辞めることはあってもクビにはならないんだ」 「どうして?」 「それは秘密です。それに赤の他人に教える義務なんてないからね」 そりゃそうだけど“赤の他人”って身もふたもない。いや実際そうなんだけど。似た顔でいわれると“ユウキ”に否定された気分で告る前に失恋決定って感じがする。 「じゃあどうして来てなんて名刺くれたんだよ?」 これがなきゃ俺だって、それほど気にはならなかったかもしれない。 「あのねぇ名刺なんて、そこらへんで配ってるティッシュと一緒でバラまいてナンボのもんでしょ? 配るだけ配って一人でも引っ掛かったら儲けものって感じ。それに洋服のことだって一点ものっていうのはウソ。特別有名なブランドでもないし。第一そんな服着てても見てくれるのは鼻の下伸ばしたスケベオヤジだよ。勿体ない。“ブランドの一点もの”っていうのは只のこけ脅し。パッと見で何処のブランドか解る男なんて少ないから意外と効くみたいだね」 彼女の口から立て板に水のように出てくる言葉は全て朝彦さんが俺に言ったことばかりだった。 やっぱり俺はカモにされただけなのか。 でも口調も態度もそれほど悪くは映らない。こりゃ完全に“ユウキ”フィルターで見てるな、俺。 「わかったよ。でも本当に腕の怪我は大丈夫なのか?」 「そんなに気になる? なら成功だね」 「…?」 「正直、ここまでするほど酷くはないんだよね。これも客寄せの一つ。取りあえず目を引く。で、気になったら指名してくる。適当に話を作って更に高いお酒をキープさせる」 「…あくどいなぁ。でも酷くないなら良かったよ。女の子だから傷が残ったら大変だ」 キッパリ言い切った俺をみて彼女が複雑な表情で微笑んだ。なんだろう? なにか気に触ることでもいったか? 「気にしてくれてありがとね。気持ちだけはありがたく受け取っとく」 「本当に?」 コクンとうなづいた彼女はさっきと同じ表情に戻って続けた。 「本当はこんなにイイ人じゃないんだ。結構、卑怯な手も使うしね」 「身体使って?」 「だ〜か〜ら、そんなことはしないって。ご来店頂いたお客さまに少し甘えてちょっとだけ高いお酒を飲ませるとか…姑息って言った方がいいかもね。カワイイもんでしょ。でも今回は特別。アナタの人柄と…そこで心配そうに見てるお仲間に免じて勘弁してあげる」 「ええっー」 振り返るとママをはじめとする店の仲間達がニヤニヤ笑いながら見ていた。 「…ったく人が悪い。一体、何処から聞いてたんですか!」 ゾロゾロと四人が姿を現す。 「本当に来るなんて…ってところから」 「…って、最初からじゃないですか!」 「ああ、そうなるな」 そうなるなって、鹿島さんシレッというけど、盗み聞きなんて性格悪過ぎないか。 「そう熱くなるなよ、ヤバそうだったらすぐに助けに入ってやろうってお兄さん達の愛情をもう少し解りなさい。でも、ホントお前、見る目あるよ。イイ娘じゃないか」 愛しのダーリンをフォローするように朝彦さんが誉めてくれるけど、今さら誉められてもなんだかなぁな感じだ。 「こんばんは。今日は孝一が迷惑かけたみたいね」 後ろから進みでたママが柔らかく微笑むと、ルカは「迷惑だなんて、半分騙したようなもんだから、お互い様ですよ」と微笑む。 「そういってもらえると有難いわ。でも、どうして貴女みたいな娘が、あんな評判のよくない店にいるのかが不思議ね。訳あり?」 「それには色々と事情があって…」 ズバリと聞いたママに彼女は言葉を濁して笑った。 どんな事情なんだ? 秘密にされると余計気になる。なんか弱味を握られてるとか? でも“赤の他人”には教えられないって言ってたしな。どうにかして事情をきける間柄になれないもんか。ここまで女の子に執着するなんて自分でもどうかしてると思う。中身は絶対的に別人だ。でも“ユウキ”と知り合いになれたような錯覚に陥ってしまうのだ。ここで話がついたら彼女との縁は切れてしまう。それが残念で仕方ない。 「気になるんなら電話番号聞いとけば?」 心の声を読んだのか達哉さんが脇腹を突いてそそのかす。と。 「悪いんだけど。これに電話番号書いてやってくれる?」 すかさず朝彦さんが彼女の名刺を差し出し、その脇から鹿島さんがご丁寧にボールペンを渡す。見事な連携プレイだ。皆後輩思いでありがた過ぎて涙がでるよ。ルカは受け取った名刺を裏返しサラサラとペンを走らせ、書き終えると朝彦さんじゃなく俺に直接返してきた。そこには携帯のアドレスが書いてあった。 俺の携帯には女子の番号も当然あるけど、それは必要に迫られて教えてもらったもので用事がなければ使うことはない。はじめて望んだアドレスだ。これが“ユウキ”のだったら最高だけど。贅沢を言うと罰が当たる。 「携帯番号はちょっとね。でもメールの返事は確実だよ」 ルカの答えに俺を除く男性三人が「ヒュ〜」と声をあげる。 「じゃあ、ちょっと休憩貰っただけだから戻るね。来てくれて嬉しかったけど、こんな手に二度と引っ掛かったらダメだよ」 オーナーに聞かれたら叱責ものの台詞をサラリと吐いて別れた時と同じ魅力的な笑みを見せた。クルリと背中を向けた彼女の腕をママが掴んで引き止め、手に何かを握らせる。 「これは?」 「孝一が迷惑をかけたお詫びよ。お店で遊んだらこんなもんじゃ足りないでしょうけど」 握らされた紙幣にルカのそれでなくても大きな瞳がさらに丸くなる。 「こんなの受け取れないです」 「ダメよ受け取って頂戴。名刺一つで踊らされちゃダメって教えてもらった授業料よ」 「でも…」 「いいから受け取りなさい。一度、出したものは引っ込められないの。年上を立てるのもマナーの一つよ。怪我の治療費にでもクリーニング代にでも好きに使ったらいいわ。どうしても気が咎めるなら店に渡してもいいのよ。あなたの好きなようになさいな」 お手間取らせたわね。とママはルカの背中を押し「私達も帰りましょう」とサッサと歩き出す。ルカは申し訳なさそうな表情でママの背中を見送ったあと、俺にもう一度微笑んで店に戻っていった。その姿が見えなくなるのを確かめて俺は慌ててママを追掛けた。 「ありがとうございます」 丸い背中に声をかけると「お礼には及ばないわ。立替えてあげただけだもの。きっちりお給料から差し引かせてもらうわ〜」と楽し気な声が返ってきた。 「マジですか?」 ルカの手にあった一万円札の枚数を思い浮かべた俺の背中を冷や汗が伝う。そりゃ他のバイトに比べれば時給はいいけど、それでもあの枚数を差し引かれるとなると今月タダ働きじゃないか。 「当然でしょ。でも大丈夫、私も一括でなんてヒドイことは言わないわ。分割にしてあげるから安心してね。そうそう、今日の犠牲になったコレクションの分もキチンと請求するから、そのつもりでね孝ちゃん」 「そんなぁ…」 分割と聞いて少し浮上しかけた気持ちが深く深〜く落ち込んだ。全額返済なんて一体、何ヶ月かかることやら。 「あ〜ら、世の中そんなに甘くないのよ。実際、あの店で遊んだらこんなもんじゃ済まないわよ。お酒の相場はこの仕事してる孝一にも分かるわよね」 それは分かる。だから感謝するけど。それでも…と、重いため息を吐く俺の肩に朝彦さんが腕を回し「ハハハ。高く付いたな宗旨替え」楽し気に笑う。 「だから! 宗旨替えなんてしません。俺はユウキ一筋ですって!」 「アドレス貰った時の顔。あんな嬉しそうな顔見せといてユウキ一筋っていわれても…」 「なあ、裕二」と俺の反対側を歩く鹿島さんに笑いかける。 「そうだな。手放しで信じることはできないかな」 「さっさと告ってモノすりゃイイだけジャン!」 「もー鹿島さんも達哉さんも勘弁して下さいよォ〜。簡単モノにできるんなら俺だって苦労しませんって!」 「まっ、どれもこれも自業自得ってことだ。借金の完済目指してキビキビ働いてちょうだいね孝ちゃん。なんなら私と一緒にフロアにでる?」 何処から見てもチンピラにしか見えない朝彦さんがおネエ言葉でしなだれかかる。フロアに出れば手当が付く。とても魅力的なお誘いではあるけれど。 「それだけは許して下さい…」 仕方ない地道に働いて返すことにしよう。当分は休み無し決定だな。 「ほらほら、バカなこと言ってないで行くわよ。店に戻って飲み直しましょう。そうだ達哉、一志君も呼んであげたら?」 「マジっすか?」 ママの誘いに嬉しそうな声を上げた達哉さんは一人輪から外れて携帯電話を取り出した。 「…もしかして、それも俺が?」 嫌な予感を抱えつつ伺うように聞くとママが目を丸くして俺を見る。 「アナタってイイ子ね〜。皆、今日は孝一のおごりですってよ〜」 「やっ…そんなつもりで言ったんじゃないっスよォ〜」 慌てて訂正してみても誰も聞いちゃいない。ママは丸い身体を揺らして鹿島さんと朝彦さんを両脇に従え意気揚々と歩いていくし、首尾よく一志さんと連絡の取れたらしい達哉さんまでもが「ゴチっ!」と肩を叩いて合流した。 「勘弁してよ〜」 ガックリ肩を落として吐き出した台詞は梅雨独特の湿気を含んだ夜風に攫われて消えた。 『前期の試験が終わったと思ったら、又、実験の日々。今日も研究室にマウスと一緒に泊まり込み。愛おしいマウスだけど何も喋っちゃくれないから失語症になりそうだ(泣)。夏休みは実験とバイトで終わりそうな予感がする…哀れな小羊に愛の手を!』 送信ボタンを押して携帯を閉じる。 ルカと知り合ってから瞬く間に二週間が過ぎ、あれ以来顔をあわせることはないがメールだけは至極順調だ。あの夜、皆に肴にされながらそこそこ楽しく酒を飲んだ俺がマンションに帰りついたのは明け方近く。寝てるかな? と思ったのは束の間、酔いも手伝って勢いでメールを打ってしまったのだ。簡単な自己紹介のわずか五行ほどの短いメールだったのだけれど驚いたことにすぐに返事が帰ってきた。 『早速のメールサンキューです。ちょっと眠いけどまだ起きてるよ。実は文学部日文学科の二回生で週明けに提出するレポートをやってます。意外と真面目な学生なんだな。あのバイトは臨時の助っ人だったんだ』 文面はあっさりしてたけど情報は満載だった。贅沢を言えば、何処の大学に通っているのか知りたかった。が、聞く勇気はなかった。 文学部の二回生で助っ人で、おまけに顔まで似てるのにどうして“ユウキ”じゃないんだろう。彼女が“ユウキ”だったら速攻、告白してるのに。でもルカ=ユウキの図式は当てはまらない。脳裏に甦る柔らかな感触。これさえなきゃなぁ…。 それから他愛もない日常を綴ったメールを毎日送った。勿論、授業中やバイト中は我慢したけれど。たいして面白くもない文面に自分で言った通りルカは確実に返事をくれた。最初は堅苦しかった文章も慣れるに連れて、砕けた感じで書けるようにもなってきた。相手が女子でも面と向ってじゃなきゃ平気なものだ。それはルカの文章自体あっさりとしているからだ。ホラ、女子からのメールって絵文字とかが多用されているだろ、だから苦手なのだ。 『北見くんのメールってフツーだよね』なんて言われても困るのだ。恋人同士なわけじゃなし、必要最低限の連絡だけに絵文字を使う必要はない。おまけに何の意味があるのか解らないのが『ギャル文字』ってやつ。解読不可能な難解な文字でメールしあって何が楽しいのか。一度、ルカにも聞いてみたら『あれは苦手だな。わざわざ読みにくくする必要はないと思う。あれに比べたら達筆な筆文字の古文を解読する方がまだ楽。昔の人の文章ってロマンティックで優雅なんだよ』と返ってきた。俺は根っからの理系人間で古典なんかには興味がなかったけれど、ルカのいう
“ロマンティックな文章”にはちょっと興味をそそられた。一度、図書館でレクチャーしてもらいたい。 しかしメル友がいることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。 横においた携帯が震えながら軽快なメロディを奏でる。さっそく返事が返ってきた。 「最近やけに楽しそうだよね。遂にゲットしたの?」 隣に座って一緒に遅めのメシを食ってた大塚がタバコに火をつけながら聞く。 コイツとは中学時代から続くクサレ縁で、ついでに言うと独り寝の寂しさを埋めてくれる“セフレ”の一人だ。 「まさか。そっちは未だに悲しき片思い。こっちは別口」 「なぁんだ、最近お誘いないから遂に…って思ったのにな、残念。でも別口って? 孝一って複数と付き合えるほど器用だっけ」 ちっとも残念そうでない声で失礼なことをいいながら手許を覗き込んでくる。 「お前と一緒にするなよ。俺は一途に一人を追い求めるタイプ。これはメル友」 「ヘェ〜。お前にメル友ねぇ。で。どこのサイトで引っ掛けたんだよ」 「バァカ出会い系じゃないよ。ちょっとした偶然で知り合った女子大生」 「えーっ、女なのォ〜」 大袈裟に叫ぶのを「うるさい!」と遮って、メールを開く。 『ご苦労様。未来(?)のために頑張れ〜。でも“愛の手”は私じゃなくて彼女に差しのべてもらいなさい!』 「…そんな相手がいたらこんなこと書かないよね。さっさと研究室に引っ張り込むよね? なんなら俺が愛の手差し伸べようか?」 覗き読んだ大塚がいらない突っ込みをくれる。 「いらねーよ! 人のメールを覗き見るな。趣味悪ィぞ!」 「見られたくなきゃメールブロックでも貼れっての!」 ちょっと機嫌を損ねたのか大塚は「フンッ!」とそっぽを向いて、又タバコに火をつける。いくら研究室で吸えないからってチェーンスモークはどうかと思う。慰めてもらうにしてもタバコ臭いキスなんてのはゴメンだ。 『そんな相手がいたら苦労はしないって。白状すると片思いの真っ最中なんだ。一方通行のね。どうよ“愛の手”を差しのべる気持ちになった?』 ハイ、送信。 送信画面を眺めていると大塚が機嫌の悪さをにうっちゃって脇腹を突いてくる。仕方なくヤツの指す方に目をやると———ユウキがいた! 今、俺達がいるのはグランドのはしっこのベンチなのだ。グランドでは運動系のサークルが活動してる訳だが、ユウキ達の一団もサッカーで遊んでいたらしい。 バスケにサッカー。俺のユウキは中々スポーツマンのようだ。 なんてラッキー! ルカとのメールにユウキの笑顔。俺は今日、完徹でも明日のバイトはこの前のように失敗はしないと誓える。 自分の方に転がってくるボールを追っていたユウキがふいに立ち止まった。ケツのポケットに手を突っ込ん携帯を取り出している。どうやら着信があったみたいだ。その足下を掠めてボールが一直線に俺の方へ転がってきた。 一瞬、どうしたもんかと思ったが、大塚が「チャンスかもよ?」なんて囁くもんだからボールを掴んでしまった。視線の先でユウキの仲間が手を振っている。ユウキはそのままの場所で携帯を操作している。返事を返しているようだ。このまま持っていても仕方ないし、仲間に入れてくれと言えるほど図々しくもない俺は、手を振っているヤツめがけてボールを蹴った。緩やかな弧を描いてボールが彼等の少し手前に落ち、上手い具合にユウキに向って転がっていく。俺の気持ちそのままに。メールを打ち終えたユウキが転がってきたボールを足で止め、笑顔で手を振ってくれた。ああ、今の笑顔を写メに撮っておきたかった。向こうはきっと俺の顔なんて見えちゃいないだろうけど、俺は心にしっかりとその笑顔を焼きつけた。そこに着信を告げる音がした。 「あ〜あ、だらしない顔」 「なんとでも言ってくれ。俺は今最高に気分がいい」 「ならさ、今日の実験ふけちゃっていい?」 「それはダメ。あの装置俺一人で見るなんてムリだからな」 調子に乗っていってくる大塚にピシッといってメールを開く。 『一方通行っていうの信じられないな、イケメン君なのに。もしかしてめちゃくちゃメンクイとか? それとも女の子を口説く手口?』 「アハハハ…全然信じてもらってないじゃん。こんなに悲しい片思いなのにねぇ」 「ウルサイよお前。いい加減にしないと俺の方こそ、実験ほったらかして帰るからな!」 「はいはい判りました。機嫌損ねない内に行くわ。準備してるから」 「…とかなんとかいってフケるなよ」 「フケないよ。お前こそちゃんと来いよ」 ヒラヒラと手を振り去っていく大塚を見送って携帯に視線を戻す。 『誉めてくれてサンキュ。お世辞でも嬉しい。でも本当に一方通行…ってか告白すらしてないし。でも今その相手が近くにいるんだ。話し掛けることすらできないけど笑顔を見れただけで俺は幸せ。そいつね君にソックリなんだ。見せてあげたいよ、きっとビックリするはず…そうすると俺って、やっぱメンクイってことになるのかな? 自分じゃよく判らないけどさ。おっとそろそろ時間だ。暇つぶしに突き合わせてゴメンな! じゃ又』 気分よく送信を押して俺は立ち上がり、そっとグランドに目を向ける。ボール遊びは一段落したのかユウキ達はカフェの方へ足を向けていた。その背中がびくりと震えて立ち止まり、ケツに差し込んでいた携帯を引っ張り出している。又、メールが来たようだ。もしかして彼女かな? 俺もユウキのアドレスが知りたい。 ルカもいいけどやっぱり俺は彼が好きだ。 メールを読んでいたユウキが驚いたように顔を上げ、さっきまで俺が座っていたベンチの辺りを見ている。 「…まさか俺を探してるとか? んなわけねーよな」 一人で空しいのりツッコミ。そっとため息を吐き出す俺の携帯に着信の合図。ルカからのメールかとイソイソと開封すると———。 「準備オッケーよん。早く来てねダーリン♡」 大塚からのメールだった。 「紛らわしいことするなっての!」 容赦なく削除し俺は研究室へと足を向けた。
ラヴ♥パレード
act.2